プロパガンダやたら名前つけたがんだpt2

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前回までのあらすじ
先日友人が知らないおじさんに挨拶しているのをみて「アレは挨拶Bだな」と直感する千葉。その後『挨拶B』について考える。挨拶には挨拶A、挨拶B、挨拶Cがあると自分でも気がつかないうちにカテゴライズしていた千葉。直感は認識の基本である事は承知しているが、この場合なぜか困惑する。その直後、そのおじさんから唐突に一万円札を渡される。(実話要約)

ーあれから四年。日々、あいかわらず人はネーミングをしている。言葉を場に通す時、ネーミングするという事は強力であると同時に、場合によってはあまりに暴力的で、俺のような品の良い坊ちゃんには「はしたない」と思う事もあります。
ネーミングするという事は、個性的な事柄や思考、行動を定式化し、ステレオタイプの海に突き落とす事に思えるからです。
「君の行動は凡庸だよ!」と言う事です。
マイルドヤンキー、中二病リア充、ツケタガンダ、何でもいいです。(全部俺に当てはまります。)
「お前はお前の自己評価とは違って、美しい物語の中に居ないよ!」と鬼の首でもとったみたいに叫ぶのは、やはり下品でしょう。
ロッキーは勝った後、すぐに振り返り「エイドリアン!」と叫ぶのです。
我々、誇り高き修羅 達はこのツケタガンダの能力を権力の反転ループゲームの為だけに使うべきでは無いのじゃないでしょうか。ジャパラ!ジャパラ!